宗教や監修にしばられない自由葬

宗教や監修にしばられない自由葬 葬儀というと、仏教などの宗教形式に則って行われるのが一般的ですが、最近ではそうした形式にとらわれずに行う自由葬と呼ばれるものを選ぶ方も増えています。
特徴としては、宗教形式にとらわれないことの他にも、自分で内容をプロデュースすることができるということが挙げられます。
具体的にどのような形で行われるのかということについては、例えば音楽が好きな方の場合であれば、葬儀が行われる際に生演奏や合唱、またはCDなどで音楽を流すといったことが行われます。
そして故人が何か特別な趣味を持っていた場合であれば、その趣味に関する品を展示するなどの方法もあると言えるでしょう。
さらに、動画等を会場で流しながら故人の思い出を語るなどの趣向のものもあります。
このように、自由葬では自由に企画を行えるため、故人の希望に合った葬儀ができるというメリットがあると言えます。
ただし内容によっては費用が高くなったり、準備に手間がかかってしまう場合があるといったことが注意点だと言えるでしょう。

言葉の通り自然に返す自然葬

言葉の通り自然に返す自然葬 核家族・少子化の現代では冠婚葬祭もシンプルなものを選ぶ人が増えており、一般的なお墓以外に永代供養墓を選ぶ人も少なくありません。
これらに比べるとまだ数は少ないものの、お墓に安置したり手元供養することなく自然に還る葬儀・自然葬を選ぶ人も少しずつ増えています。

海洋散骨は船で沖に出て粉上にした遺骨を海に散骨するもので、樹木葬は山などのうちの決まったエリアに埋葬されることになるものです。
どちらの自然葬も個人で勝手に好きなところに散骨したり埋葬したりすることはできず、専門の業者に依頼しておこないます。
自宅から遠い海までお骨を持っていくのが大変な場合でも、郵送で専門業者に送り遺族に代わって散骨してもらう方法があり、樹木葬は地方の山に埋葬できるところがある一方で、都心に近いエリアにある霊園でも対応している場合もあります。

自然に還りたいと考える人に向く葬儀の方法ですが、一度お骨を手放してしまうと取り戻すことができないため、後悔しないよう良く考えて選択する必要があるでしょう。

新着情報

◎2018/7/25

遺骨をロケットに託す葬儀「宇宙葬」
の情報を更新しました。

◎2018/5/21

宗教や監修にしばられない自由葬
の情報を更新しました。

◎2018/4/27

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「自然葬」
に関連するツイート
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自然葬様と夢葬ちゃんって、髪色似てるよね…??? 若干、夢葬ちゃんが淡い水色の入った薄緑だけど まさか、お兄ちゃん???(※違う)

Twitterサクラファイブ引き当てるマン@FairlyPenguin

返信 リツイート1 23分前

遺体を部位ごとバラバラにしてから丁寧にMIRVに詰めて発射し世界各地に撒き散らす自然葬、又はテロ。

返信先:@AustraliaSaori ホントですね!海外で死んだら遺体を日本に運んで自然葬か、または灰になってから日本に運んで自然葬か。考えてなかったのでもうちょっと調べなきゃです〜😱

Twitterバイリンガル育児@まめリンガル@mame_chang

返信 リツイート 昨日 11:25

死にたい死に方 やっぱ寝てる時にすっと死ぬのが楽そうで理想です...薬とかで出来るかな...? でも死んだ後が火葬なの衛生的ではあれどなんか怖い(死んでだいぶたってるし意識とか無いけど。)葬式とかいらんし密林とかで一人で死のうか..嫌それも迷惑か...捜索とか.. 普通に火葬なら自然葬が良いです.…

返信先:@NecohcimasteaR8 一人っ子家庭ならまだしも、我が家は子供が居ない上、愛方の家を継ぐ訳ではない事がほぼ決まっているので、いずれ絶家になります。ですから、愛方には(小生を)自然葬にするようお願いしてあるものの、愛方亡き後をどうするかまだ決めていません。なるだけ早めに考えておかねばならないと思ってます🤔

返信先:@AustraliaSaori うちは日本の実家にはお墓なし、仏壇なしです。お寺に永代供養は抵抗あるし💦 で、数年前にたまたま日本の地元のスーパー行ったら自然葬のチラシを見てこれだ!と思いました。お金払って自然葬してもらえるなら終活として十分候補だなと思ってます(^^)

Twitterバイリンガル育児@まめリンガル@mame_chang

返信 リツイート 2/16(土) 14:19

しかし自然葬は、仏教の教えではわがままな姿勢となります。それは死を真剣に考えた結果ではなく、死を表面的にとらえた考えから生まれたものです。つまりは死を個人のものとしてしか見ておらず、そこには巨大な繋がりの中に自分たちが生きているという考えがありません。(「ゼロの中の自分」7/7)

だからこそ、自分が巨大な宇宙の中心部にゆったりと存在しているという実感が大切になるのです。こうしたお釈迦様の考えを理解すると、なぜ私が自然葬に賛成しかねるのか理解してもらえると思います。お寺のあり方を批判するのは自由です。(「ゼロの中の自分」6/7)

こうした自然葬の増加は、生と死を有と無でとらえる考え方にも通じます。お釈迦様にとって命とは、「生と滅」が一体となったもので、生きていることが「有」であり、死ぬことが「無」であるとは教えていません。有と無の考え方は、釈迦以降に生まれたものです。(「ゼロの中の自分」1/7)

私自身は、自然葬に反対の立場をとっています。理由は、自然葬の考え方が、仏教の教えに反するためです。仏教には、我々が何のために生まれ変わって生き続けるかという理由として、この宇宙の秩序を維持するためという答えが用意されています。(「生や死は選べない」1/7)